第一講 形容詞はそのままが副詞

形容詞: Seine Kritik war zu scharf.
  かれの批評はあまりに鋭すぎた。

副 詞: Er kritisierte zu scharf.
  かれはあまりに鋭く批評しすぎた。

scharf (鋭い)という形容詞があれば,それ以上何の語尾もつけないで,すぐそのままが scharf(鋭く)という副詞として用いられるというのがドイツ語の特色です。

形容詞 副 詞
schnell 速い schnell 速く
langsam 緩徐な langsam 緩徐に
kritisch 批判的な kritisch 批判的に
geschickt 巧みな geschickt 巧みに
täglich 毎日の täglich 毎日

ドイツ語以外の国語,たとえば日本語,英語,仏語その他では,たいてい副詞には副詞らしい形があります。日本語では「速く」,「おもしろく」,「たやすく」,などの「く」,「巧みに」,「あざやかに」などの「に」,「内緒で」,「あっちこっちで」の「で」など……英語では slow に対する slowlycritical(批評的な)に対する critically など,たいてい -ly がつきます。ところが,ドイツ語では,特に副詞らしい語尾というものがないのです。昔はあったのですが,今はありません。

これは,たいへん便利なようですが,便利すぎて,すこし困ることもあるのです。次に,形容詞と副詞との区別がいかにむずかしいかをお話しましょう。いっそドイツ語にも副詞語尾といったようなものがあった方がよかったのに……ということになるかも知れません。

副詞のようで,実は
形容詞,という場合

日本人としてはなかなか日本語を脱却しては考えられないとしたものですが,たとえば,次のような区別がおわかりですか?

1. Er kam früh nach Hause.
かれははやく家へかえってきた。(副詞!)
2. Er kam müde nach Hause.
かれは疲れて家へかえって来た。(形容詞!)

副詞というのは,とにかく動詞を規定修飾する語だ,という考えが先に立ちますから,上例 1 の方も「かれは frühに帰宅した」と読めますし,2 の方だってやはり同じように「かれは müde に帰宅した」と読めます。形式的に考えると「früh に」も「müdeに」もちっともちがいません。両方とも「帰宅する」という動詞を規定修飾しています。それにどうしてfrüh の方は副詞で,müdeの方は形容詞なのでしょう。

西洋語の実感をつかんでいない人にむかってこの点を説明するのは,なかなか容易なことではありません。説明などするよりは,むしろ,日本人にわかりにくい形容詞の場合の方(たとえば müde)を沢山の実例に接して実感で把捉する方が早道かも知れません。

では,説明は後にまわして,まず文例から研究しましょう。以下の文の,下線した語は,副詞ではなくて,すべて形容詞なのです。

(1) Er legte sich nackt ins Bett.
かれは真裸で寝床の中へはいった。
(2) Er erhob sich stumm vom Mittagstisch.
かれは黙って午餐の席を起った。
(3) Das Essen stand[註1]stand: 「在る」という意には liegen や stehen を用いるのがドイツ語の習慣であるが,食事の場合には stehen である。 noch warm auf dem Tisch.
食事はまだ温かいままで食卓にあった。
(4) Die Abendsonne geht blutrot[註2]blutrot: 血のように赤い。 unter.
夕陽は赤々と沈む。
(5) Er kommt oft betrunken nach Hause.
かれはよく酔っぱらって帰宅する。
(6) Kein Fisch schwimmt gekocht im Meer herum[註3]herumschwimmen: 泳ぎまわる。.
コレハ意訳→ 魚が海を泳ぎ廻っているなんて話はない。

読者諸君はみな何もかもよく分った方でしょうから,著者自身の無能を露呈してご同情を乞う次第ですが,以上の文例は,5 までは,実にうまく行ったのです。betrunken を「酔っぱらって」とか,blutrot(血のように赤く)を「赤々と」なんてのは実によかった。われながら天晴れ……と思って書いていると,サア,6 へ来て困っちゃった。gekocht は,kochen(煮る)の過去分詞ですから,『いかなる魚も,煮られては,海の中を泳ぎ廻っていない』と訳そうかと思ったが,待てよ,そんな日本語があるかしらと思って……しばらく困っちゃったんです。

この,訳者としての著者の困却がおわかりになりますか?なにか天才的な解決法でもあれば別で,それはまたそれで謹んで承りたいと思いますが,只今のところは,どんなに考えても,gekocht に対する妥当な日本語としては 「煮られて」とか「煮られた状態で」という以外にはよい言葉がみつからないのです。

頭のわるい著者の書いたものを読まされていると,たまには非常に好いこともあります。それは,著者の困却のよって以て来たるところの原因を理解することによって,「事実そのもの」の姿を,さながら手に取るごとくハッキリとつかむことができるからです。

要するに gekocht に「煮られた状態で」,müde は「疲れた状態で」,nackt は「真裸な状態で」,blutrot は「血の如く真赤な状態で」,betrunken は「酔っぱらった状態で」,warm は「温かな状態で」,stumm は「黙った状態で」,です。

ただし「状態で」は蛇足です。「煮られた状態で」から「状態で」を除き去ったら,あとに何か残りますか?「煮られた」が残るでしょう?(「煮られて」なんてものは残りませんね?)すると gekocht に対する最も厳密な訳語は 「煮られた」だということになってきますね?(「煮られて」の方は,これはモウだいぶん日本語の文章のアレンジの方の都合から来た意訳であって,ほんとうに厳密なものではありません)。

「煮られた」は形容詞でしょうか副詞でしょうか?これをもし副詞だという人があったら,松沢病院[註4](編註)世田谷区にある精神科の専門病院。現在も存在する。へ行っていただいた方が話が早い。

「煮られた」が形容詞であるとするならば「煮られた」に相当する gekocht もやはり形容詞です。

かるがゆえに,Kein Fisch schwimmt gekocht im Meer herum. における gekocht は形容詞なのです。

以上は,このなかなか解りにくい現象を理窟の方からほぐそうとした試みですが,いったいこんな事というものは,理窟だけでは駄目で,やっぱり何か極く手っ取りばやい説明法を一つだけ知っていて,それを盲信して行く方が進歩がはやいものです。この場合,手っ取りばやい説明法というのは,これらの形容詞にはすべて「状態で」という蛇足をつけて考えてみよ,という一語に尽きます。

つまり gekocht は,語としてはあくまでも形容詞なのですが,それが文章内において占めている位置(これを仮に語局と呼びましょう)は副詞なのです。厳密に申しますと,副詞的語局に置かれた形容詞なのです。「状態で」という蛇足は,つまり,その副詞的語局を表現せんとする窮余の一策なのです。

同時に,こういう結論が導き出されます:形容詞を副詞的な語局に置くということは,日本語では絶対にしないが,西洋語では,むしろこれが普通の現象である。

ドイツ語には副詞語尾というものがないのが甚だ不便である,と最初に申しあげたわけが,これでいよいよわかって来たでしょう。たとえば英語でならば Er kam unversehrt[註5]unverseht: これは「傷つかずに」という元意から,「つつがなく」,「無事に」という形容詞になったもの。 davon[註6]davonkommen: のがれる。. (かれは無事にその場をのがれた)は He escaped unhurt. で,unhurtly などと云わないことによって,「無事に」(すなわち「つつがなき状態で」)が副詞ではなくて形容詞だぞ,という表現ができるわけですが,副詞語尾というもののないドイツ語では,残念ながらそれができないのです。

只今までに挙げた文例には,すべて共通なところがありました。それは,これらの副詞的語局に置かれた形容詞は,いずれも文の主語を形容しています。(わかってるよ!なんていわないで,もう一度よくその眼で今までの文例を読みなおして頂きます)。

ところが,その逆,すなわち,文中の四格を以て意味上の主語とする場合もあります。たとえば:

Ich habe diesen Wagen[註7]Wagen: 「車」,ただし現代で単に Wagen というと,自動車を指すことが多い。 alt gekauft.
私はこの自動車をお古で買いました。

この alt gekauft をまさか「古く買った」と副詞的に解釈して,では買い方が古かったのだろう,何かよほど野暮な,融通の利かない買い方をしたにちがいない,或いは初めに全額でも払ったかな……値切りもしないで全額を払っちゃうなんて,そんな買い方ならなるほど古い,近頃の買い方というのは,まず品物を先に持って行っちゃって,その次に代金を……払わない!

そうじゃありません,alt gekauftは「古い状態で」買った,です。「古い状態」とは何がでしょう?Ich じゃありません,diesen Wagen です。

そうした,文中の四格(これを動詞の目的語,或いは直接目的語と云います。或いは「補足語」という人もあります)を以て意味上の主語とする文例を二三研究してみましょう:

(1) Bier trinkt man durchweg[註8]durchweg: これは,多少例外はあるにしても,マアマア殆んど全部を通じてそうしたことが言える,という時に用いる副詞で,日本語には好い訳語がない。「マアマア」くらいなところ。 kalt.
ビールは,大抵まあ冷たくして飲む。
(2) Der Mantel hält den Körper warm.
マントは身体を温かく保つ。
(3) Er bringt sein Gehalt nie ganz nach Hause.
かれは給料を丸ごと持って帰ることは絶対にない。
(4) Die Japaner essen Fische roh.
日本人は魚を生で食う。
(5) Im Deutschen schreibt man die Hauptwörter groß.
ドイツ語では名詞を大文字で書く。
(6) Sie trägt ihre Haare kurz.[註9]逐語的には 「彼女は自分の髪の毛を短かく生やしている」。 —– tragen という動詞は,生やす,帯びる,かぶる,はめる,着る,その他身につけていること一般。
彼女は断髪している。
(7) Sie fand ihn krank.
彼女が行ってみると,かれは病気だった。
(8) Ich trinke den Kaffee schwarz.
私はコーヒーを牛乳を入れないで飲みます。
(9) Mann muss ihn lebend fangen.
あいつを生捕らなければ駄目だ。
(10) Ich wähnte[註10]wähnen: 「間違って考える」,「誤解する」という特殊な動詞。Ich glaubte dich tot. というのと同じである。 tot.
おれは君を死んだと思ったんだよ。

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