第九講 助詞的副詞の二様の語順

あの男はまだ相変らず彼女のことを考えている。
  (A) Er denkt noch immer an sie.
  (B) Er denkt immer noch an sie.

「いまだに」,「相も変らず」を noch immer ともいえば immer noch ともいいますが,これは,もし少しでもちがう点があるとすれば,いったいどういう風にちがうのでしょうか?

「私も」は Auch ich ともいえば Ich auch ともいいます。「彼女だけ」は nur sie ともいえば sie nur ともいいます。「殆んど十日も」は fast zehn Tage とも zehn Tage fast ともいいます。「すくなくとも日本人は」は wenigstens die Japaner ともいえば die Japaner wenigstens ともいいます。これらはどういう風にちがうのでしょう?

これは,意味と発音とに対す微妙な実感の問題で,理窟で説明するのは容易なことではありません。理窟でいえることは,「意味の上では両方とも何の変りもない」ということだけでしょう。

まず,発音の上で特に注意を向ける必要のあるのは,noch immer にあっては,noch の方が弱く発音され,immer の方が強く発音されるという点です。

その次に重要なことは,意味の点では immer の方が元来意味のあるところで,noch の方は,いわば単なる助詞に過ぎないという点です。

そこで,noch immer のような,弱い稀薄な助詞が前にきて,本来の重点を成す部が後に来る方を「弱強の順」と呼び,その逆を「強弱の順」と呼ぶならば,助詞的副詞(第五講参照)が他の品詞と結合する際には,原則として,この二つの順が可能だということになります:

弱 強 の 順 強 弱 の 順
noch immer immer noch
auch ich ich auch
nur ich ich nur
selbst ich (私すら) ich selbst
wenigstens das das wenigstens
nicht hier hier nicht
fast 10 Tage 10 Tage fast
nicht weiter weiter nicht
nicht gerade gerade nicht
aber das das aber
erst jetzt jetzt erst
schon damals damals schon
zwar ungern ungern zwar
sogar im Krieg im Krieg sogar
zum Beispiel du du zum Beispiel
etwa 100 Kilometer 100 Kilometer etwa

以上はほんの一例という程度にすぎませんが,ドイツ語の全分野を通じて,いやしくも auch とか nur とか nicht とかいった「助詞的な副詞」が現れるところについては,すべてこの二様な語順のうちいずれかが,採用されなければならないということは,前にも(第五講)述べた通り,これらはたいてい,他の何らかの品詞と密接に結びつかないと,意味を成し得ない五であるということから生ずる当然の帰結です。(これは実は文法学上の大問題なのですが,まだ本当に問題にされてはいない未開の分野らしく見受けます。)

ところで,この二種の語順(強弱の方は,いわゆる enklitisch,他はいわゆるproklitisch という結びつきかたですが)はどう感じがちがうか,という最初の問題にかえりましょう。弱強の方は,(詩の方の u – [註1](編註)短音節を u,長音節を – で表した。)感触が非常におだやかで,従って,少し効果が弱い感じがあります。そのはずで,元来の重点があとに来るために,最初に先ず準備をしたり予告をしたり前置きをのべたりしたのちはじめて本問題が切り出されるといったような非常にのんびりした感触になるのは当然でしょう。それに反して強弱( – u )の方は,何の準備もなく,いきなり本問題にはいってしまい,その準備段階ともいうべき軽いものが,ほんの申しわけのように後でチョット付加されるといった形になりますから,非常に鋭い感じを与えます。

変なたとえですが,まず「バカヤロウ!」という一喝を聞いたのちに横っ面をぶん殴られるのと,いきなり横っ面をピシャッとぶんなぐられた後に,まるでついでのように「バカヤロウ」と軽くご挨拶を受けたまわるのと,どうちがうでしょう?

そんなことは,わざわざ分解してとやかく説明する必要もなく,また説明しようたって,だいいちできないでしょう。auch ich と ich auch との区別も同様です。

概括的には,こういうことがいえるでしょう:警戒な,あるいはキビキビした口調の際にはどうしても強弱の順が好まれる。

たとえば,ある人にむかって,Wie lange sind Sie in Japan ? (日本へおいでになってからどれくらいにたりますか?)と問うとします。その人がもしおとなしい,おんぼりした神経の所有者で,しかも大して感興もなさそうに答えるのだったら,おそらく Fast zehn Jahre ! と答えるでしょう。それに反して,その人が少し多血質の人であるとか,或いはお酒でものんでいて調子が上っているとか,あるいは,十年も日本にいることを鼻にかけて,相手に感心してもらおうなどという気持があったりすると,つい調子をあげて Zehn Jahre fast ! というかもしれません。差というのはつまりここです。


物によると,強弱の順の方が普通になってしまったものすらあります。たとえば,誰でも知っている範囲では,genug が好い例です。「君みたいに金があればさ」は Du bist genug reich. とは普通あまり申しません,大抵 Du bist reich genug. です。

また,「私としては」はたいてい Ich für mich とか Ich meinesteils とか Ich für mein [-en] Teil とか Ich persönlich とかいうのが慣用句になっていて,弱強の順は用いないようです。

それに反して,前置詞の場合は大抵弱強 (an mich, um Geld, aus Liebe, etc.) であって,これは,別なことになりますが,しかし現象としては同じ問題になります。

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