Etwas Neues その他

生徒 先生,何か面白い話はありませんか?

教師 それを独訳して御覧なさい。それが一番面白い。

生徒 Herr Professor, gibt es irgend eine interessante Geschichte ?

教師 君の程度にしては上出来だ。es gibt etwas (何とかが「ある」)という成句を知っていたのは大変よろしい。それだけ出来ればもはやけちは付けたくはないが,百尺竿頭更になお一歩を進めて,最後の磨きをかけるとすれば,ほんの一寸した誤りがある。その一寸した誤りというのは,……全然ドイツ語になっていないということだ。

生徒 ひどいなあ!

教師 いや,そういう事はよくある。それ自身としては完全無欠で殆んど非の打ち所はないが,只一つ非の打ち所があるとすれば,それは全体がなっていないという事だ……といった様な場合がね。Und das ist hier der Fall ! (現在の場合がそれだ)

生徒 ひどいなあ!じゃ,やり直しですか?

教師 そうだ,やり直しだね。ドイツ語と日本語とは,言葉としては違うばかりでなく,概念の機構そのものがちがう。言い「方」が違うのみならず,言う「事」がちがうのだ。Denkt deutsch ! ドイツ式に考えよ。

生徒 先生,初歩を習っている人間にそんな事を仰言ったって,そりゃ無理ですよ。

教師 或いはね。—– じゃあ僕が方式を授けよう。

  Nun, Herr Professor, was gibt’s Neues ?

生徒 先生,Neues というのは「新たな事」即ち「何か変ったこと」という意味ではありませんか?

教師 君はそういう心算で言ったんだろう?

生徒 いいえ,ちがいます。あんまり退屈だから,何か面白いお話をして下さいというつもりだったのです。

教師 くだらないつもりだったもんだねえ。じゃあ仕方がない。Was gibt’s Neues ? の代りに was gibt’s Interessantes ? とするさ。

生徒 先生,その Interessantes とか Neues とか言ったようなものは,一たい,文法的には何なんです。

教師 それは各々 neu(新しい),interessant (面白い)という形容詞を名詞に用いたものさ。

生徒 それは知っていますが,そいつの,文章内における位置が疑問なんです。Was gibt es だけを取って考えれば,「それが」(es)「何を」(was)「与えるか」(gibt) という構造で,既に was という四格があるのに,その上おまけに Neues(新らしいものを)という四格があるのがどうもに落ちないのです。

was für

教師 近頃の学生は理屈ばかりこねて困る。しかしその疑問はまあ割に頭のいい疑問だね。では少し遠巻きに説明して掛かろう。いわゆる weit ausholen という奴をやるんだね。「それは一たい何という返答だ!」を独訳すると?

生徒 Was für eine Antwort ist das ?

教師 九点だね。Was ist das für eine Antwort ? といった方がよろしい。即ち,was für eine ……(どんな)という疑問的形容詞は,was と für との間に主語と動詞とを挿し込んで用いることがあるのだ。 むしろその方が口調がよくなる。

Was sagst du für dummes Zeug ?
君は何という馬鹿な事を言うのだ!
Was ist das für eine Maschine ?
それは一たい何の機械だ。
Was hast du für ein Recht ?
君は一たいどんな権利を持っているのか。

勿論 Was für ein Recht hast du ? などと言ってもよろしい。つまり両方ともあるのだ。

生徒 was für ein ……という成句は文法で習った事がありますが,その für というのは,一たいどう言う意味なんです。英語の what for とも違っている様ですが,für が「……に対して」という意味だとすると,どうも一寸合点が行きませんね。

教師 für は,als(……として)と同意で,この点でもはや四格支配の前置詞ではない。たとえば,「人間はどんな動物に似ているか?」は?

生徒 Welch einem Tiere ist der Mensch ähnlich ?

教師 満点!しかし,was für を使うとすれば!

生徒 Was für einem Tiere ist der Mensch ähnlich ?

教師 そうだ。für の次の不定冠詞は einem とならなければならない。für がもし「……に対して」という前置詞だったら,四格支配だから,für ein Tier となってしまって,三格の表現ができなくなってしまうだろう?

生徒 すると,was für einem 云々は,つまり,「動物にとしては如何なるものに似ているか」ですね。

教師 そう言ってもよかろう。けれども,そんな分解はもはやドイツ人の意識には浮ばない。was für ein の三語で,「どんな」だと思えばよろしい。

生徒 するとfür は全く余計なものなんですね。

教師 まあね。—– だから或種の場合には全然除去される。今までは,was für の次に,Tier とか Antwort とか,とにかく名詞がついた場合だけをやって来たのだが,こんどは,形容詞から転用する名詞の場合を考えてみよう。では早速作文!「西部戦線異状なし」[註1]「西部戦線異状なし」というのは,この稿を書いた当時,即ち第一次世界大戦後,非常に有名になった Remarque の小説の名です,当時は誰も知らぬものがない位有名だったので引用したわけです。は?

生徒 それは作文じゃなくって逆文ですね。Im Westen nichts Neues.

Etwas Neues

教師 逆文満点!それから「西部戦線異状あり」は?

生徒 Im Westen etwas Neues.

教師 「沢山いい事を習った」は?

生徒 Ich habe viel Gutes gelernt.

教師 「あまり面白い話は聞かなかった」は?

生徒 Ich habe wenig Interessantes gehört.

教師 満……八十点!Interessantes がいけない。それでは,「大して興味の持てる話は」になってしまう。「面白い話」の否定は,つまり,「いやな話」ということだ。そういう時には,Ich habe wenig Erfreuliches gehört. 又は Ich habe nichts Angenehmes zu hören bekommen. なぞと言う。

生徒 それは僕には少しむつかしすぎます。

教師 或いはね。—– 要するにだ,今用いた etwas, nichts, viel, wenig の次に,形容詞を大文字にして,-es の語尾をつけて用いる語法は,これは最も普通な使い方だから,どこの文法書にも書いてある。—- ところが,既に前に話しておいた事が,これと関係して覚えておくと,生きて来るのだ。即ち,was für ein という成句を用いるときには,もし was と für とを分割して,その中へ主語と動詞とを入れるときには,もし für の次に来るのが本来の名詞 [Neuigkeit 珍聞,等] であれば,für をつけるが,それが Neues とか Gutes とかいったような形容詞から転来した名詞である際には für を省くことがある,と思えばよろしい。むしろ省く方が普通なのだ。即ち

Was gibt es für eine Neuigkeit ?
[如何なるニュースがあるか]

というのと同じように,Neues の場合には für と ein とを省いて,

  Was gibt’s Neues ?

と言うのだ。was 等の疑問詞を要しない際には,Gibt’s nicht Neues ? (変ったことはないか?)Gibt’s etwas Neues ? (何か変ったことがあるか?)等と言うのは申すまでもない。

生徒 一寸うかがいますが,すると,etwas Neues というのは,別に,「多少新しきもの」または「少し新しきもの」という意味ではないのですね?

教師 そうじゃない。よくそういう風に考える人がいるようだが,それは全然考え違いだ。

Das ist etwas neu.
それは少し新しい。

と言う,その etwas neu の後に -es の語尾を付けたように考えてはいけない。etwas が Neues を修飾しているのではなくて,Neues が etwas を修飾しているのだ。それはフランス語の quelque chose de nouveau (新しきの何物か),ラテン語の aliquid novi (新しき何物か)という構造を参照すれば……

生徒 先生,フランス語とラテン語はたくさんです。

教師 そうか,じゃ止そう。

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